プロフィール
はじめまして
『おみの自由な空間☆ふり〜すぺーすAct』の
おみです。
ご来訪ありがとうございます!
こんなイラストを描いていきます
いきいきした可愛い動物が、
自然の中を冒険しているところだったり、
日常の仕草や、いろんなことをしているところを描いていきます。
自由な空間☆ふり〜すぺーすAct
〜まずは、この名前をつけた想いから〜
小さな発想や、イマジネーション(一緒ですね!笑)があっても、
こんなこと言ったら恥ずかしいんじゃないかな?
変じゃないかな?誰も喜ばないかも。。
と思ってしまったりして、
表に出さずに終わってしまったり
もう既に誰かやっているんじゃないかとか。
やってみたいなぁがあっても
周囲の声や目線を気にしてしまって
諦めてしまったり。。
環境で諦めてしまったり。。
「お前には無理だよ」とか
「無理なんじゃない?」の声に、
(無理なのかなぁ、、)と思ってしまったり。。
そんなことって
結構あるかと思います(自分です!)
心の中にそっと芽生えた小さい芽を
水をあげて育てる前から摘んでしまったり、
踏まれてしまったような気持ちになって
諦めてしまいがちだったり。。
やりたいことは我慢せず
イメージ、こうしたい!があるなら
やってみよう!
という気持ちで、この名前をつけています。
この名前を見ますと
自分自身も諦めずに楽しんで何でもやってみよう!
と思えるので、つけました.
いろいろと、創作的なことをやって行きます。
皆様にも、よろこんで頂ける空間になれたら嬉しいです、
コメントや、参入などもずんどこお待ちしております!ラスト絵
ついて
イラスト・絵について
動物のイラスト中心に描いていきます
絵自体は、小学校1〜4年くらいまで習っていたのと、
28歳の時に春から秋にかけて、絵本の先生に習いに行った経験の他は、
授業の美術の時間以外、取り立ててない私です。
が、絵本を描いた時の子たちを中心に
せっかく生まれてきた子達なので、
動物イラストを描き上げていきたくこのブログを作りました。
こだわりは、
アースカラーと、綺麗で元気になれる色
動物の表情にこだわって描いています。
このように役に立ちたいと思っています
可愛いイラストを描いていきたい思っているので、
まずは見ている人に、
ほっこりしたり楽しんでいただけたら嬉しいです。。
そして、名前をつけた信念のように
チャレンジすることが怖くて
恥ずかしくて
ハズカシくて
出来ないと思ってる人に、
自分も色々ズッこけながらいくと思うので?!
石に蹴っつまずいてもいいじゃん、
思い描いたこと、浮かんだことあるなら、まずは、1mmでもやってみよう
表現してみよ〜!
というチャレンジの気持ちも込めながら、
やっていきます。
自由に楽しく
いろいろなキャラクターの動物を描いていきますので
ほっこり楽しくなって頂けたらと思っています。
1969年2月22日東京生まれ
宮城県仙台市広瀬川沿い育ち
0型 女性 魚座です
両親と、2つ上の兄の4人家族で育ちました。
優しい兄で、いつもくっついってっては、
喧嘩しながらも(するときは本気w)遊んでいました!
父は、理系の研究職の人で、とても勤勉で
世界を股にかけるという野心もなかなかにすごい人でした。。
柔道をしていたので、小さい頃は柔道や将棋で遊んでくれました!(転がされてただけですが笑)
母は、お琴を弾いたり、絵を描いたりが趣味の
兄のお下がりの洋服をアレンジしてくれたりとても優しい人でした。
母方祖父が写真館をやっていたりで、わたしの特性はどちらかというと母方の血を引いているのかな?と思います。
父の仕事の都合で
3歳の時に東京から宮城県仙台市に移り住みました。
(公務員をしていた父ですが、学生運動で学生の味方をし仙台に移動になったとのことで、
父らしいエピソードだなぁと思っています)
【幼少・子ども時代】
本当に小さい頃は、目を離すとあっという間に全然違う所にてくてく歩いて行って大変だったようです…大変だ
物心ついたあとは、
自然と生き物が好きで
自然さえあれば一日中一人で外で遊んでいられる子どもでした。
トンボをとったり、トカゲをとったり、、。
川沿いの自然豊かな場所に住んでいたので(北海道とかほどじゃないかもしれませんが)
キジ、トカゲ、川の生き物、昆虫など触れ合えて
子どもにとっては最高の環境だったと思います。
蟻地獄の穴をツンツンとしては、出てくるの見てたり
うしろ歩きするのをじっと観察したりしていました。。
思い出
★仙台の家は一軒家の平屋で雨漏りがする古い家でした。
父は、貰い物の中古の赤い小さなフォルクスワーゲンに乗って仕事に行っていましたが、
ドアに傷がありそれを隠すため、大きなひまわりのシールが、両方の扉に貼られていました!
独特な音がするため(笑)帰ってくるのがすぐ分かり、
嬉しくて玄関に迎えに出ていました。。
父が早く帰ってくる週末の夜が楽しみでうれしくて、
膝の上で「8時だよ全員集合」〜「Gメン75」を観るのが好きでした(昭和です笑!)
★休みの晴れた日には、
母は、車の上に布団を広げて干していまして。
その上に仰向けに寝っ転がって
流れていく雲や、飛行船が浮かんでいる空を眺めているのが好きでした。
干したての布団の匂いとほかほか陽気で、空が真っ青で…今思い返すととんでもなく贅沢な時間ですね!
木登りや、塀・隣の団地の物置の上などにもよじ登っては
よく遊んでいました。
物置の屋根では、ひっくり返って、やっぱり空を眺めていました。
◆〜今でも覚えている、うれしかったこと〜◆
〜一軒家雨漏り平屋時代〜
同級の男子からは、「乞食〜」といわれたり、裕福な家ではありませんでした。
雨漏りしてましたし、当時で家賃8千円(記憶違いでしょうか?1万5.6千円位?)とかだった記憶があります(裏の大家さんに封筒で持っていっていた)
でも、何かが本当に無くて困った記憶はありませんでした。両親がすごく頑張ってくれたのだと思います。特に母親が。。
・当時仙台は、かなり雪が積もりましたので
冬になると子どもはみんな、ソリをしたりして遊びました。
プラスチック製の赤い大きなソリが流行っていましたが
それは買ってはもらえませんでした。
が、父が物置にあった木の板に青いゴムホースを打ち付けて、ソリを作ってくれました!
(板にゴムホース2列つけて、引っ張るヒモを付けただけ笑)
でもそれがすごく楽しくて。。
尻面くらいしかない大きさだったのでかなりスリリングでしたが、最高に楽しかったです!
・母は、クリスマスになると
半分に切った大根に、アルミ箔を巻きつけてキラキラにして
葉っぱの部分に赤やピンクのリボンを付けて、
爪楊枝に刺したうずらの卵やきゅうりを沢山刺して、可愛くパーティーっぽくしてくれました。
それがすごくすごく好きでした。
そこにある材料で、
いくらでも楽しく出来ると学びました!
よくカレンダーやチラシの裏に、火の鳥を描いていました。
絵を描くのが好きだったので、
小学1〜4年くらいまで
近所のおじいちゃん先生に水彩画を習っていました。
油絵も選べましたが
子どもの私は、透明感のある優しい風合いの水彩が好きでした。
構図の取り方、立体の描き方、遠近法、影の付け方など
教えてくれました。
いつも奥様がお菓子を出してくれて、すごく楽しい時間でした。
〜〜〜〜〜
※余談
好きな絵本は、
定番ですが『ぐりとぐら』、『ちびくろサンボ』(虎がバターになるところがたまりません!笑)、当時挿絵がすごく良かった『不思議の国のアリス』とかでしょうか♡
不思議の国アリスは同じ挿絵のものは今は見つけられません。。
母の影響もあって、
手塚治虫さんの火の鳥やブラックジャック、
また、漫画やアニメも好きだったので、
はじめ人間ギャートルズ、海のトリトン、
バビル2世、侍ジャイアンツ等々の少年アニメも好きでした!
(バビル2世に至っては、ロブロスが向こうの山から飛んでくる夢を何回も見ていたのは内緒です。。笑)
【小学校高学年】
ゴム跳びしたり友達とただひたすら遊ぶ普通の小学生でした。
マーチングドリルに「命を燃やす」△△先生が転任して来た為、テナートリオという太鼓が3つ付いている楽器をやっていました。ポンポンをやりたかったのですが、女子に人気過ぎ落ちまして、強制的に打楽器になりました(笑)
振り返ると、全部のちに繋がっていることばかりだなと思います。
家族は大好きで今でも思い出すと涙が出ます、、
父は、優しくて真面目で子煩悩だったと思います。
一方で、厳格で、理系で優秀である意味偉い人であったため、家庭の中では言いたいこを言い出せない雰囲気はありました。。特に父が仕事が忙しくなってからは、
母が絵を描いていると「そんなもの何の役にも立たない」と言っている言葉だったり
「お笑いなどくだらない!」と言われ、ふざけたことなど言えない雰囲気はありました。。
(小さい頃はドリフを一緒に見ていたのに…)
優秀な家族だったので、落ち着きがない自分はさてどうしようというところはありました。。
製造業の一般企業に入社し、なかなか楽しい寮の2人部屋生活を体験しました。
入社2年目に母が病気になり看病のため実家に戻っていましたが、半年後亡くなりまして、非常に辛かった時期があります。
色々なきっかけがありまして、今回のイラストでは無いのですが、
フィットネス系の先生の仕事っていいなと思うようになりました。
(レッスンの最後にマットでストレッチなどすると思うのですが、
音楽を聞きながら涙が止まらなくなってしまったのです。
諸々溜まっていたようでした泣
たった1時間で、人の身体をケアできて、心までスっと楽に出来る仕事ってすごいな!と思いました)
無事に再就職しまして、普通にOL(死語でしょうか!笑)していましたが
(友人が出来ると大抵楽しくなります。この辺りが楽観的です)
1つ目の会社と同じく、取り立てた特技や秀でるものもなく、このまま働いていていいのかな?
と悶々とした思いはずっとありました。
フィットネス系の先生になりたい…と思いましたが、
体育大学出身の人や周囲の人に
「体育会系じゃないと無理じゃない?」
「お前には無理だろう!」と言われたりして
(やっぱり無理なのかな・・?)と思っていました。
28歳の頃、一度故郷に戻り派遣で働きながら、
何か自分の得意なこと、好きなことで仕事出来ないか?と模索していました。
自分が好きで続けていけることと考えると、
・絵(イラスト)・身体を整えたり動かすこと・何か創作的なこと!でした。
(ケイコとマナブを見まくっていました。。)
そう思っていたところ、
たまたま『絵本教室』のビラがポストに!
バスに乗っていかないといけない丘の上の先生でしたが、
楽しそうだなと思い、通うことにしました。(引き寄せでしょうか…)
可愛い女の子たちの、優しい髭のパパ先生でした。
ページ数に決まりがある事や
アクリル絵の具の使い方について
教えてもらいました。
当時、
「公募ガイド」という色々なコンテストが載っている雑誌があったのですが、
そこに秋の絵本コンテストの募集があったので
それを目指して描いてみることにしました!
5月から始め、秋には応募したと思うので5ヶ月くらいでしょうか?
動物図鑑を見ながら集中して描く時間は楽しかったです。
描き上げて、送付しましたが、
大きさ45cm×60cmくらいの画用紙に描いてしまい
送るのがすごく大変だったのを覚えています。
ハイ、異常に大きな紙で描いてしまいましたよ…笑
またこの頃、絵を楽しく描くことは出来るが
お話を創るセンスはまったくないんだな〜ということを思い知りました。。…
そして、落選し、即行返却されて来ました。笑
でも凄く良い経験だったと思います。感謝。
この頃描いていた子達(動物)も蘇らせたいと思っています。
季節が5〜10月だったこともあり
緑濃い、爽やかな仙台の気候〜で、すごく良い思い出です。
⬇︎
楽しく描けたものの、当時は絵で稼ぐといったら、
もっとしっかり勉強してイラストレーターになるか、
スーパーのポップを描くくらいしか道がなく、もう1つのやりたい事にチャレンジしたかったので
⚫︎29歳〜エアロビクスの養成に通い、
そのままフィットネス系のインストラクターになりました。
「無理だ」と言われたけれども諦められなかった訳です!
運動部ではなかったので大変でしたがめちゃくちゃ鍛えられました。スタジオプログラムだったので、何かを作って提供する楽しさを実感。(この頃友人からは、草食からいきなり肉食になったね…と言われていました..笑)
その後は、
父との約束で、実家と東京を行ったり来たりでフィットネスの仕事を続けました。母が亡くなってから実家のことやるようになっていたので、父とは2人3脚でした!
ダンススタジオのバイトもしていたのですが、環境を整えたりするのも好きなので、タオル洗濯や電話対応なども楽しくやっておりました。そういった仕事も結構好きです。
この生活をかれこれ20年間。
後半は、ダンスの仕事もしています。
現在は化粧品と健康食品を扱うコールセンターのお仕事もしています。
(最も向いていない仕事の1つだと思っていて、最初は挙動(挙声?!)不審でしたが(おそらくそのコールセンターで歴代1位くらいに酷かったです笑)
今はお客様とも楽しく話せているので、
本当に、石の上にも3年!なんとかなるものだと思います。
自分が楽しい好きな瞬間というのは、人と笑っている時だったり
宇宙や自然、リズム、可能性!なんかを自由に感じられる時なのかな、と思います。
広がりがあるときに、すごく幸せを感じます。
決まったルーティーンをするのは全く嫌いではないのですが(数秘の4を持っているので?!)
ぎゅっと閉じ込められたり
可能性をつぶされたり、誰かが抑圧されるのを見ているのは好きではありません。
◆◆◆
今回、大規模感染症などもあり、
なかなか大変な世の中になって閉塞感もあるかなぁと思います。
でも、心の中は、みんないつでも自由でいれると思うので、
一度描いていた子達を生き生き!させて自分も楽しみたいと思い、
皆さんにも楽しんでいただけたらと、
新たにチャレンジしていきます♣︎
描いていた期間少ないのですが、
可愛くて元気な子たちを描きていきます
☆ときどき、
『Blskyue 』 というIDを時々使っているのですが、
単純に、 Blue の間に sky をはさみ込んだもので、
『青空』という意味です。
10年くらい前から使っていまして、
見上げれば、頭の上はいつも青天井(あ、これは投資用語でしょうか!笑)
『青空』だから、
石コロにけっつまづいても、すっっ転んでもいいじゃない!
歩いていこ〜!
という意味が込められています。
動物のイラストを描いて
自分も自由に、
見てくださる方にも、ほっこり楽しんでもらったり
転んでもいいかっと(よくないですね!笑)
何かの1歩、のお役に立てたら幸いです。
スコンと抜けた 青空のように
おみ